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堺市について,3分間基礎知識であなたの頭脳をパワーアップ!
堺市は,近畿地方の中部,大阪府の中南部に位置し,堺市役所の所在地は,大阪府堺市堺区南瓦町3番1号。堺市は,大阪府では人口,面積が2番目に大きい都市で,2006年に日本で15番目,近畿地方では4番目,大阪府でも大阪市に次いで2番目の政令指定都市に移行した。
昼間の人口より夜間の人口の方が多い大阪市のベッドタウンの一つで,『 堺 』の地名は,摂津国,河内国,和泉国の3国の『 境 - さかい - 』に発展した街であることから付いた云われているが,実質的には『 大小路 』を境に摂津国と和泉国に跨る市街地を形成していた。
江戸時代には『 左海 』とも表記され,現在の堺市は,大半は旧 和泉国だが,昭和初期から南河内郡の町村との合併によって旧 河内国を含むようになり,泉州地域と区別され,『 堺・泉州 』や『 堺・泉北 』のように分けて表記されることが多い。
堺市には,『 仁徳陵古墳 - 大仙古墳 - 』をはじめとして,『 履中陵古墳 』,『 御廟山古墳 』,『 ニサンザイ古墳 』,『 反正陵古墳 』,『 いたすけ古墳 』など数多くの古墳がある。
堺市は,大阪府中央部を流れる大和川を挟んで大阪市の南側に位置し,東は羽曳野市,富田林市,北東は松原市,南東は大阪狭山市,河内長野市,南西は和泉市,西は高石市に接しているが,堺市の西部は平坦で,古くからの工業地や商業地が多く市街化が進んでいて,大阪湾に面する北西部は新日本製鐵堺製鐵所を始めとする『 堺泉北臨海工業地帯 』と呼ばれる工業地域である。
諏訪ノ森と浜寺昭和は屋敷や別荘が建ち並ぶ高級住宅地で,海浜リゾート地だったが,今は浜寺沖の埋め立てと重工業コンビナートの形成で,この地域の高級感は少し衰えをみせている。
中央部は大阪市の上町台地から続く三国ヶ丘台地で,上野芝にはその地形を生かして戦前,阪和電鉄により『 向ヶ丘 』,『 霞ヶ丘 』の住宅地が開発され,戦後は新金岡や中百舌鳥などに大規模団地が建設されて,1970年代には北東部の市街化も進んだ。
南東部の大美野と初芝は戦前に住宅地として開発されたが,周辺は緩やかな台地と田園地帯で農地も多く残り,南部は丘陵地となっていて,泉北ニュータウンが広がっている。
1,700年程前の西暦3世紀から7世紀までの約 400年間,大王や豪族の王が亡くなると土と石を使って高く盛った大きな墓を造りましたが,この墓は古墳と呼ばれ,全国に 20万基以上あるといわれている。
堺の起源は古代縄文時代にさかのぼり,5世紀に入ると次々と古墳が造営され,なかでも日本最大の前方後円墳の『 仁徳陵古墳 』はよく知られていて,古くから文化が発展していたことを物語っていて,『 百舌鳥古墳 - もず - 群 』には,もとは100基以上の古墳がありましたが,現在は半壊状態のものを含めて47基の古墳がある。
堺市の主な古墳には,大仙公園を挟んで,日本最大の前方後円墳の『 仁徳陵古墳 - 大仙古墳 - 』と『 履中陵古墳 』があり,東側に,『 いたすけ古墳 』,『 御廟山古墳 』,『 ニサンザイ古墳 』,北側に『 反正陵古墳 』があります。
仁徳陵古墳は,日本最大の前方後円墳で,北側の反正陵古墳,南側の履中陵古墳とともに『 百舌鳥耳原三陵 』と呼ばれ,前方部を南に向けた墳丘は,全長約 486m,後円部径約 249m,高さ約 35m,前方部幅約 305m,高さ約 33mの規模で,3段に築成され,左右のくびれ部の造出(つくりだ)しがあり,三重の濠が巡っている。